「恋するミナミ(仮称」の初めての記事が、ヤフーニュースに掲載されました。

2020年5月14日

僕が初めて企画し、製作総指揮を執っている劇場用映画『恋するミナミ(仮称)』のロケは、本日から香港に場を移しました。

そんな折、同映画の記念すべき第一回パブリシティが、地元なんば経済新聞に取材掲載されました。

そして有難いことに、そのままヤフーニュースにも掲載されています。

記事にもあるように、この映画つくりは、もともと2011年11月、僕がtwitterを通じてチャーさんから『新世界の夜明け』の予告編 と、その上映の知らせを得た僕が、そのままtwitterを通じて、監督リム・カーワイさんと連絡を取り、ひろのぶ氏とマロンさん(お二人ともtwitterで誘いました)と大阪の劇場に観にいき、氏と食事をご一緒したところからはじまっています。

2012年の初夏、東京でリムさんとのやりとりのなかで、大阪ミナミに集う外国人観光客の多くが中国、韓国から来ている、という話題に及んでいたのですが、
その後まもなく尖閣諸島、竹島の領土問題にて、日本と中国、韓国との政治的な摩擦が大きくなったこと、そしてそれが直接、大阪の観光収入に大きなインパクトを与えていることを知り、この映画の企画へと結びつきました。

僕はこの映画を進めるには、どうしてもミナミのチカラを借りる必要があると考えました。
そして大阪ミナミの商店会『アメリカ村の会』の会長を務める井原正博さんの協力が得られるなら、この映画つくりのための製作資金を集めよう!、と決意しました。
井原さんはリョーマの頃からの大先輩にあたる雲上人でしたが、Facebookを通じて地域への貢献活動を熱心にされていることをよく知っていたので、まさに最適だ、と思ったのです。
すぐに井原さんにお逢いしに行き、リム監督を紹介し、全面的な協力をコミットして戴きました。

その後の出演者の募集も、大阪弁の方言指導のボランティアさんの募集も、エキストラさんの募集も、製作費集め!も、すべてFacebookとtwitter、ブログを通じて行いました。そしてすべてが、奏功しました。
大袈裟に言えば、奇蹟をみているかのようでした。いやぁソーシャルネットワークすごい、と改めて感じている次第です。
まだまだ途は半ばですが、僕は既に大きな大きな手応えを感じています。

さて、一ヶ月にわたるロケはいよいよ終盤にさしかかっています。
オールロケの撮影は、とにかく多くのトラブルに見舞われていますが、なんとか堅調に進んでいます。

んで、わかったこと。
映画作りは、好きじゃなきゃ出来ない仕事だな、と。
スタッフ・リム組のクルー・俳優、みんなたいへんやでしかし。
チームのメンバーお一人お一人に圧倒され、、アタマが下がりまくりです。そして、すばらしい仕事だなぁと思いました。

一員としてこの映画製作を主導できたことで、加藤ナニガシという小市民の、この社会・現世における役回りも、再認識できた気もしています。
この映画製作はまだ6合目ですが、間違いなく、僕の人生の金字塔の一つになるでしょう。

僕自身も1月4日5日と、たった二日でしたが、撮影現場に加われました。

端役、加藤部長として8回もセリフを喋っているので、出来上がりを観てぜひ冷やかしていただきたいです。この秋(予定)の公開が楽しみです。