集うことで熱が生まれ、磁場となり、また惹き寄せる

2020年5月14日

99年3月。僕は経営していた広告会社NIKKOの社長室に並べて貼っていたシリコンバレー・カレンダーとテクノトウキョウ・カレンダーをマジマジと眺めていました。

その日。インターキューの熊谷さんから転送された3月11日発行のメルマガ週刊ネットエイジには、渋谷を日本のインターネット界のムーブメントの中心地にしよう、と唱える「ビターバレー構想宣言」が高らかに謳われていました。

熱狂には強い磁場が必要だ、アメリカのインターネット・ベンチャーが盛り上がっているのはシリコンバレーの存在が大きい……とかねがね思っていた僕は、このネットエイジの主である西川さんが書いた檄文を読んで、強い可能性を感じました。
そしてメルマガに誘われるがままに翌月4月22日、東急文化村ドゥ・マゴで開催された第一回懇親会に行き、輪の中心にいた西川さんとはじめて名刺交換したのでした。

西川さんらが中心となった、この渋谷をもじったビターバレー→ビットバレーに、僕自身も含めて当時まだまだ少なかったネット系の起業家や企業希望者が渋谷周辺に吸い寄せられるように集まっていった有り様は、、、まさに渋谷こそが「梁山泊」になったが如く感じました。

その前年、僕はNIKKOで アメリカでネット系IT系企業のロゴをシリコンバレーの地図にマッピングしたシリコンバレー・カレンダーを発行していたTrestria,Incが企画したテクノトウキョウ・カレンダーというネット系企業のロゴが踊る「連合広告」を代理店として販売していました。 ※

どんなに温度が上がっても、熱は放っておくと、当たり前に冷めていきます。「…熱くあり続けるには近くひしめき合うことが、最も効果がある。だからシリコンバレーにあれだけの人々が群れている…はず」だ。
だからこそ、渋谷をネットビジネスの梁山泊にするというビットバレーはイケるぞ。と…毎月行われたビットな飲み会に行くにつれ確信しました。摩擦こそエネルギー=おしくらまんじゅう、です。
(ついでに東京のカレンダーもイケる、な~と(笑)。で00年以降はNIKKOにて総代理店権を取得することにしました。記事は05年版発行時のもの

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さて、そのビットバレーのコンセプトを提唱したネットエイジ。この会社は事業のインキュベーションや起業家のサポートを行う、という極めてユニークを商売?をしている会社でした。「そんなので利益出るのか」 と当時は理解に苦しんだものです。

驚いたことに、事業を会社を作っては売る、というのが当時の同社のメインビジネスでした。ヤフー自動車、というサービスは彼らが当初はヤフーに持ち込み、運営を受託し、そして最終的にヤフーに売却してました。現在も元気に活躍中のメーリスのFreeMLやネットマイルなども同様です。

先日、学生時代のリョーマの様子を記した僕のブログをみて、ECナビの宇佐美さんがBuzzurlにこんな とても嬉しいコメントを寄せてくれました。
「アクシブ立ち上げたときも最初はこうだった。今後もこういう『場』を作り出していきたい。 」このECナビのルーツである株式会社アクシブ・ドットコムもまたネットエイジからのスピンアウトです。

宇佐美さんのBuzzurlコメントにもあるように、アクシブに限らずネットエイジ系、或いは99~00年のビットバレーの若きベンチャーはどこも、僕がリョーマで体験したような【もわーんとした熱気】があり、またそれ自体がビットバレー的な匂いともシンクロしていました。
いや…もちろん当時特有というわけでもないでしょう。どうやら宇佐美さんは先週もその匂いを野田で嗅いでいるようですww。

実は僕が昨年7月から、取締役を務めている未来予想株式会社の事業である、先般ご紹介したプレスリリースサービスの@Pressも、インキュベーションオフィスのCROSS COOPも、ネットエイジグループ(現 ngi group)が運営していた事業です。

当初は金子陽三さん(現ngi group社長)が創業したCROSS COOPは、そんなネットエイジのDNA/カルチャーを継承した集合レンタルオフィス事業。僕自身が同事業を、世に数多あるレンタルオフィスとは、明確に一線を画したインキュベーション・オフィスと考えているのは、この出自にも由縁あり、ということなのです。
次回は その未来予想の核事業であるCROSS COOPのひみつのご紹介をしたいと思います。

(余談※ テクノトウキョウ・カレンダー。06年にはカレンダー掲載企業を取材した単行本「TECHNO TOKYO 年鑑2006」もゴマブックスより出版いたしました。その後名称変更を経て11年目の09年版を最後に廃刊となりました。長年のご愛顧ありがとうございました。)